14:05December
2月17日 (3日目)
この日は、超ハードスケジュールでした。
フォロ・ロマーノからコロッセオ、真実の口のサンタ・マリア・イン・コスメディン教会、ナヴォーヴァ広場にトレビの泉にパンテオン。
全部行くのは厳しいなー、と思いつつ、行けるところまで回ろうって気持ちでした。
トレビの泉は一番最後に行きました。
夕方暗くなってくる時間帯、一日歩き回ったので脳みそ働かないし、地図見て歩いても道が狭いので不安。
この辺りには、道の角に警察官が常駐するような小さなボックスがあって、その前に警察官が立っていたので、パンテオンからトレビの泉に行く間に立ってる警察官に2回道を尋ねました。
警察官は2人共親切な人で、おかげで無事に到着。
トレビの泉見えた瞬間、びっくり。
めちゃ人多い。。
1762年に完成したトレヴィの泉は、ローマにあるもっとも巨大なバロック時代の泉です。
ポーリ宮殿の壁と一体になっています。
中央に水をつかさどるネプトゥヌス(ポセイドン)
左に豊饒の女神ケレス(デメテル)
右に健康の女神サルース(ヒュギエイア)の彫像が建っています。
後ろ向きに泉へコインを投げ入れると願いが叶うという言い伝えがあるけど、投げるコインの枚数によって願いが異なります。
1枚、再びローマに来ることができる。
2枚、大切な人と永遠に一緒にいることができる。
3枚、恋人や夫・妻と別れることができる。
3枚の願いはキリスト教が離婚を禁止していた歴史の名残りだそうです。
ここまで来てコイン3枚なんてこわいよね(笑)
思ってた以上に泉が大きくて水の色ブルーがきれいでした。
トレヴィの泉は自分の目で見ないと美しさがわからないと思う。
たくさん泉や噴水見たけどトレヴィの泉が一番魅力的で心奪われました
もちろんコイン1枚後ろ向きに投げ入れました。
2月17日 (3日目)
ナヴォーナ広場に入って、広ーい。と思った。
縦長に広い空間。古代ローマ時代にここで戦車競技が行われていました。
広場中心には出店もあって賑わってた。
この広場には3つの噴水があります。
エマヌエーレ世通りから入って最初に「ムーア人の噴水」
ベルニーニデザイン。
へんな顔もあるし、口からラッパみたいに噴水が出てるのも微妙。
今までの彫刻と雰囲気が違う。
ムーア人って北アフリカのベルベル人らしいです。
中央に「四大河の噴水」(Fontana dei Quattro Fiumi)
同じくベルニーニデザイン。
1648年~1651年完成。
ナイル川(アフリカ)、ガンジス川(アジア)、ドナウ川(ヨーロッパ)、ラプラタ川(南アメリカ)を擬人化したバロック彫刻の4人の巨人がオペリスクを囲んでます。
後ろに見えるのは「サンタニョーゼ・イン・アゴーネ教会」
その向こうに「ネプチューンの噴水」
お笑いのネプチューンってこの噴水が名前の由来かなあ?
昨日から遺跡、噴水と立て続けに見てローマすごい。。と思うばかりでした。
この後パンテオンとトレヴィの泉に行きたいので、ナヴォーナ広場は駆け足で後にしました。
2月17日 (3日目)
サンタ・マリア・イン・コスメディン教会からパンテオンに向かう途中、(やっぱり)道に迷った。
今、見返せばホテルでもらったイタリア地図なら、迷うことなく行けそうな感じがする。
現地地図だと通りの名前が全部書いてあるし、見やすい。
地図見せて尋ねたイタリア人から、ジャポーネの地図は見にくいわ。って、何度か言われたし。
旅最後の頃には私もイタリアで日本の地図は、わかりにくいって思うようになった。。
さて、パンテオンに向かってるはずだけど、不安で3人に道を尋ねた。
ネットで読んだ「イタリア人は親切。でも嘘を教える」って通り、尋ねた人で真逆を教えられた。
(真剣に地図見て教えた結果違っていたので、故意ではないと思います)
で、このAreaSacraの遺跡のまわりを1周半したのでした。
今歩いている道路より、3mしたほどにあるこの遺跡は、とても目を引いたけど「地球の歩き方」に載ってない。
とても惹かれたので、写真をバシャバシャ撮って、迷ったついでにゆっくり眺めました。
寒かったけどジェラード食べながら歩いた。
ジェラード食べると寒さが増すわ。。寒いよ。なんて思いながら、そこまでしてもジェラード?
帰国して、AreaSacraを調べました。
ここは共和制ローマ時代の4つの神殿の遺跡で、ポンペイウス劇場の一部もあるトッレ・アルジェンティーナ広場(Largo di Torre Argentina)でした。
この神殿は紀元前3世紀の建築。
そして、この遺跡の中にあるポンペイウス劇場の敷地内で、紀元前44年3月15日にGaius Julius Caesar(ガイウス・ユリウス・カエサル)は暗殺されたそうです。
「Et tu, Brute?」ブルートゥス、お前もか?は有名すぎる。
歴史的に有名な殺人が行われたのは、写真中央の円形になっている6本の柱の後方にあった「ボンペイウス回廊」です。
何も知らなかったのに、後方のこの部分を撮ってのが不思議だ。
カエサル暗殺には、60人以上が関与したといわれます。
そして、カエサルは23カ所を刺されていたけど、致命傷はそのうちの1カ所(胸の傷)だけだったと。
2000年以上も前の遺跡。
2000年以上も前の出来事。
ローマってすごい。
「地球の歩き方」、こんな大事な場所は載せろよ。
ていうか、私も他に読んでおくべき(笑)