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12 (火)
23:53
April

アルル観光③Gogh

4月12日 7日目

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは1888年からの1年余りをアルルで暮らしました。

パリでの生活に疲れ切ったゴッホが南フランスの明るい光を求めてアルルに着いたのは1888年2月。
5つ年上の先輩画家ゴーギャンとの共同生活が数カ月で終わり、ゴッホは躁鬱病のようになってしまったそうです。
広場を歩いてるゴーギャンに剃刀を持って襲いかかったり、ゴーギャンから自画像の耳の形がおかしいと言われると自分の耳を切り落として女友達に届けるという奇行を始め、彼を恐れた市民の要請で私立病院に収容されたのでした。

ゴッホが入院してた市立病院は現在「エスパス・ヴァン・ゴッホ」という文化施設になってます。
入口の看板が目立たないので気付かず最初通り過ぎてしまった。


中庭の色彩が鮮やか。とってもきれいな庭でした。


120年前にゴッホが描いた絵「アルルの療養所の中庭」と変わってない。
この場所でこの絵を描いてたと思うと120年前にタイムスリップしそう。


ゴッホの絵がたくさん売られてます。


続いて「夜のカフェテラス」を描いたフォーラム広場へ。


この広場は紀元前20年代頃に建造された最初の大規模な都市施設で、カエサルの庇護に感謝する目的で作られました。
世界遺産「アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群」の一部です。
 
市立病院に入院した翌年5月、サン・レミの精神病院に転院したゴッホは激しい発作に見舞われながらも絵を描き続けたそうです。
そして翌1890年7月、パリ郊外の麦畑でピストル自殺を図り37歳の若さで生涯を閉じます。
27歳からの10年間で残した作品は2000点以上。
今の時代でゴッホは有名で高く評価されてますが、彼が生きてる間に売れたのはたった1枚で、多くの人に贈った絵は鳥小屋の風よけや銃の練習用の標的になっていたそうです。
傑作とされる作品のほとんどが晩年の約2年半(1888年2月~1890年7月)アルルで暮らし始めてから制作されたもの。
ゴッホは名前しか知らなかったけど、アルルに来てゴッホのことを知って良かった。

アルル日帰り観光。
12時に着いて17時頃の鉄道でアヴィニョンに帰りました。

アルル、小さいけどローマ時代から中世までの長い歴史を感じることができる美しい街でした
<a href="">つづく</a> 

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