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数日前から手首が痛いー。

原因は、コンバットの時のリストウエイト。かも。
ベンチプレスで持ち方が悪かったとか。
でも、一番の心当たりはスマホで漫画読みふけったせい。かも。
先週金曜日にベンチプレスしようとしたら、きてるなーって感じたから、筋トレやめた。
だから、また5日間筋トレしてない。

何もしてなくても痛いから、金曜日夜からテーピング。


自己流テーピングだけど気持ちいい。
もう痛くないから、今日ベンチプレスできるかなー

月曜日。
天気予報どおりに朝からどんより雨。

まじめに働こっと。

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「長安寺」 

1ヶ月早かったら、紫陽花が色鮮やかできれいだっただろうな。


最近、このポーズにはまってる。

Yeah〜♡な気分

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国東半島のほぼ中央にそびえる両子山(ふたごやま)。

両子山から放射状に谷が海へと伸びており、その谷に沿って六つの郷が開け、六郷と称されていました。
六つの郷では天台宗と結びつき、山間に多くの寺院を建て、六郷満山と呼ばれる独特の仏教文化を華ひらかせていき、その中央に位置するお寺が「両子寺(ふたごじ)」です。

参道入り口に立つ一対の仁王様。
国東半島再大級(総高245cm、像高230cm)の石造の金剛力士(仁王)像。
文化11年再建(西暦1814年)


仁王様に会いたかったから、国東半島に出かけた。

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富貴寺はその山号を蓮華山と言い、田染に程近い蕗(ふき)の地にたたずむ事から、かつては蕗寺と書かれていました。


石造の仁王像がたつ仁王門をくぐり、石段を登ったその先、カヤの巨木の奥に建つ大堂は、阿弥陀信仰が盛んであった平安時代末期に築かれた、貴重な阿弥陀堂建築の一つであるそうです。

この大堂は現存する九州最古の木造建造物。
1952年 国宝指定
 
正面の扉は閉まっていて、左右の扉から中に入るのね。
こんな外観だけの写真でよくわからないお寺だと思う人も多いのでは。

富貴寺の創建は、寺伝によると奈良時代の養老2年(718年)、仁聞(にんもん)という僧侶が開いたとされているが、六郷満山の多くが仁聞開基と伝わっており、あまりに伝説じみている為、その正確な由緒は不明のままだそうです。
なおこの仁聞は、宇佐神宮の主祭神、八幡神を表しているとも考えられているとか。

昔のことだから、本当のことなんて誰にもわからない。
でも、大堂の中に入った瞬間、鎮座する阿弥陀如来坐像を目にしたとき、心臓がなぜかどきどき。
とても心に響いたのでまた明日もう一度拝観したいと思ってる。

伝説によると、この地にそびえていたカヤの大木を切り倒して大堂を建て、また同じを使って大堂の本尊である阿弥陀如来坐像を刻み、それでもなお材木が余ったので、田染の南に真木大堂を建てたのだとか。
(現存する真木大堂は平安時代のものではない)

太堂の前に茂るカヤの大木。


惹かれる。

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【西流れ】




西流は、山笠終了時に舁き山の飾り物を争奪する「山崩し」をするんだって。



【東流れ】




【寄付板】
 
 

ちょっと歩くだけで いろいろ目にして楽しい。

そもそも、流れがいくつかあるってことすら、今まで知らなかったや。笑

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業務上、あったらいいと、ではなく、とってほしいと社長に言われたので資格をとった。

試験時間60分だけど、20分で終わるというゲキ簡単な試験。
さっき終わったので、ドトールに寄ってまったり。


カレンダー通りの仕事になって、会社、ゆるいし。
わたしの周りは平和だし。
平和って幸せなんだよねー

「幸福の条件」
どこに幸せの基準をもっていくかで変わるんだよ。




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